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プロフィール

 尾野早映子

Author: 尾野早映子
カラー&イメージコンサルタント

女性がいつも華やいだ気持ちで暮らせるような家づくりのお手伝いをさせていただきますね

◆AFT1級カラーコーディネーター
◆整理収納アドバイザー1級
・ハウスキーピング協会認定講師
◆インテリアコーディネーター
◆キッチンスペシャリスト

★整理収納アドバイザーフォーラム2008コンペティション 準グランプリ受賞


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色々な方から励ましのご連絡をいただき本当にありがとうございます。
おかげさまで元気にやっています。

さて、先日ナゴヤドームに行って参りました。とは言え私は前まで。
娘が嵐のコンサートに行くので付き添いです。
18時開演なのに「昼過ぎには到着したい!。」とワガママな娘。
お友達と約束したそうな・・・
でもここのところ、娘も悲しいのに私のチカラになってくれたり、
良く言う事を聞いてくれたので
まぁ1日くらいこちらもワガママ聞いてあげましょう、と

方向音痴プラス人混みが苦手な私。
新幹線なんて何年ぶり?のぞみなんて生まれて初めて乗りますわよ。
名古屋なんて私にとっては未知の星。

私の方向音痴を知りつくした不安そうな娘をしりめに
「知ってるざます」とシタリ顔の私。
嫌~な汗をひた隠し地下鉄を乗り継ぎドーム前へ(笑)
まだ12時過ぎというのに
ナゴヤドーム前は人の波!嵐ファン、恐るべし。(笑)

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「じゃあ21時00分に」とハイテンションの娘。

「アタクシあと9時間もどーするのッ?」
雨降ってるし知らない土地だし
ウロウロする気も無し。

せっかく初めての土地
名古屋駅に大好きな高島屋さんもあるし
色々見て回ろうかとも思いましたが

溜まった仕事を片付けるべく一旦自宅に帰る事にしました

名古屋駅からはなんと珍しい「こだま」じゃないですか!
まだあるんだ~(笑)

新幹線って私とほとんど同年代。
今までひかりしか乗った事なかったから
こだまに乗ってみました~

ほとんど私貸し切り状態の車両です。
名古屋~京都間ですもの、
時間もたいして変わらないし
のぞみに乗ってたとしても
京都駅からは結局同じ時間の在来線に乗り継ぎなのです(笑)

岐阜羽島の駅なんて生まれて初めての停車。記念に(何の?)パチリ

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一見1往復分の新幹線代はムダづかいのようにも見えますが
高島屋さんを徘徊したなら
それ以上の衝動買いは火を見るよりも明らか(笑)
朝あたふたと出かけたので
帰宅後ちゃっちゃっと片付けて紅茶を一杯

やっぱり家がいいですね。

私が子供の頃はまだ「よそ行き」という言葉が現役。
休日には両親に
「よそ行き」の服を着て出かけようとねだったものです。
でもいざ出かけてしばらくすると
「ウチに帰ろうなぁ…」と連呼していたように思います。
大人になって旅行へ行っても
家に帰ると一番ほっとしているのも正直なところです(笑)

見慣れた部屋というのもあるでしょうが
やはり自分の好きなものに囲まれているというのも
大きな要因なのでしょうね。
ただ、好きなものをお気に入りの場所に置くには
やはり整理収納は不可欠。
大切なものをより大切にするための作業ではないかと思うのです。

娘も帰宅後早速大好きな「マツジュン」のポスターを貼っていました。
もちろん
お気に入りの場所に貼るために
せっせと部屋を片付けて…(笑)


先日、短大時代の友人と久しぶりに再会してきました。
それぞれ家庭があり、
一番早く帰宅しなければならない人の
一番出やすい場所を待ち合わせに ということで決めた場所は
 大阪なんば

「ロケット広場で待ってるねぇ~♪」

自他共に認める方向音痴の私
「なんば」「ロケット広場」…なんですかそれ?(笑)

インターネットは便利ですね 調べましたともっ!

「京阪淀屋橋で下車、御堂筋線に乗り換え
 なかもず行きに乗り【なんば】下車
 あとは道行く人に聞けばヨシ」 と意気揚々と出かけました。

淀屋橋から御堂筋線に乗車する人の多いこと多いこと
しまった!ラッシュの時間じゃないの!
人波に押されるままに、あれよあれよと電車に押し込まれ
ふと見れば【あびこ行き】の表示
「え゛ーーーーっ」と思ったものの
なかもずの手前にあびこがあるらしく
「次は~本町ーー」のアナウンスに、方向は正解と一安心♪

なんば駅で30歳前とお見受けするお嬢さんに
「ロケット広場ってなんばcityですか?」
とお尋ねすると「ええ・・・・」と肯定するものの、何か様子が変…

なんばcityに到着後
辺りをくるくる歩けども歩けどもロケットがない…

待ち合わせの友達から電話があり
「どこにいる~?もうロケットないらしいよーー」(笑)
文明の利器に助けられた待ち合わせです♪

短大時代いつもいつも5人一緒で笑っていた私たち
こうやって揃うのはそれぞれの結婚式以来
1人は仕事でどうしてもこられなくて4人での楽しいお食事

お料理はホテルのバイキング
相変わらずみんなよく食べて喋って笑って 美味しかったです♪

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今回はちょっとした送別会を兼ねたもの
友人のご主人は公務員
ヨーロッパのとある大使館に勤務になったそうです
彼女ももうすぐ出発してしまい、次に会えるのは数年先かも…

別の友人は、先日京都で知らない人はいないというくらいの
老舗の社長に就任
その彼女は短大の入学式の日に友達になった女性
式場で「隣に座って良いですか?」と声をかけてくれました。
他府県から通われる方が多い学校だったのですが
彼女も同じ京都市で、自宅も近く、すぐに打ち解けた私たち。

彼女曰く、「エレベーターの中から後をつけてたの
 私この人と友達になるって決めてたから(笑)」
あの時彼女が声をかけてくれなかったら
あんなに楽しい学生時代を過ごせなかったかも…
そんな行動力のある女性だから
きっとこれからもどんな事でも乗り越えるはず

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  ↑25年前の私たち 懐かしー(後列中央が私)
    短大のスキー合宿のときですね

けらけらと笑う私たちは 
25年前と気持ちは全然変わらないのだけれど
みんな進化しててとっても嬉しいです
「変わらないねー」と言いながらも
「ビミョーに老けてる?」とまた大笑い

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それぞれ忙しい毎日だけど
だからこそ「会うためだけに」時間を作って
その時をいっぱい楽しむのです
人生も時間も自分で作るものなのでしょうね
私はこのあと着物の着付けの仕事に…
お腹もココロも大満足で
エネルギー充電完了!





先日、久しぶりにボウリング場へ行ってきました。
以前も書いたように、今期は子供会の役員になっています。その最後の大きなお仕事。毎年3月に「6年生を送る会」として催しています。

 一昨年までは地域の近くにボウリング場があったのですが、去年そこが閉鎖されてしまい、一時はボウリング大会そのものも中止になるのではという話もありましたが、子供たちは毎年のこのイベントをとても楽しみにしているので、少し離れたボウリング場へ出かけることで、イベントそのものは続けることになっています。そこはタクシー会社と同じ系列なので、送迎用のバスもあり、私たちには大変ありがたいことです。
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 約80名ほどのお子さんを引率するわけですから、楽しい中にも責任は重大です。6年生にもなると体格は大人と変わらず、また、1年生の子供たちはまだまだ小さく、ほほえましく思いながらも、緊張感も持たなくてはなりません。人数が多いため26レーンを借り切るので、見守るのもなかなか大変。そして車酔いやトイレ、疲れていないかなど、自分の子供以上に気を使います(笑)。
 
 最終目的は「子供たちが楽しんでくれること」、これに尽きます。
8名の役員が付くのですが、お手伝いをかって出てくれたのが我が家の中学一年生の娘。集団登校などで去年までは一緒に小学校に通っていましたから、現在2~3年生のお子さんとは顔なじみ。「自分も子供会で楽しく過ごせたから、この子たちの担当するよ。」と恩返し気分で。

 我が娘ながら「良いこといってくれるなぁ」と嬉しくなりました。もちろんそれは今までの役員さんたちが、本当に子供たちを楽しませて下さったから。これからもこんなことを言ってくれる中学生がたくさんいてくれれば良いな…私たちも頑張らなくてはと思います。

 私たち40代以上の人は、たいていボウリングが上手なんですよね(笑)。1970年代、ボウリングは全盛期、1~2時間待ちなんて当たり前、それはそれは一大レジャーでした。ボウリング場もたくさん存在し、私も親によく連れて行ってもらったものです。父・姉・私、一般の部・女性の部・ジュニアの部と、とあるイベントで同時に3人優勝したこともあります。ちょっと油断するとガーターに落ちてしまうので、投球前によくよく考えて…だから当時の子供の私と今の子供たちと比べると絶対私の方が上手だった自信があります(笑)

 というのも、… ご存知でした?今はどこのボウリング場でも「ガーターなし」にもしてくれるんですよ!ガーターの内側に柵を立てて、ボールが落ちないようにできるのです。初めてこのことを知ったときは「日本人はいつから子供にこんなに甘くなったのだ!」と正直思いました(笑)
 
 確かに、ガーターに落ちてばかりでは子供としては悲しくて楽しくないかも知れないけれど、「なんだかなぁ…」と思ってしまうのです。

 柵があるために6番ピンや10番ピンが1本残ったときなんかは、非常にスペアをとりにくいはず、落ちない代わりに柵に何度も跳ね返り、ボールはジグザグに転がっていくのです・・・私が子供のときは「どうやって投げればうまく取れるかなぁ…」と工夫したものですが…。

 まあ、今回は「子供が楽しいのがイチバン!」ですから、このイベントはガーターなしで良いのです。それは私ももちろん納得。
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 でも家族でボウリングに行くなら、絶対こんなことしないです(笑)。もちろん、夫と「勝負っ!」なんてことになっても、ハンデなんて要りませんことよっ!(笑)
 わが子にはガーターのあるレーンで頑張って欲しいですね。上手くいかないことも工夫して乗り越える練習(?)ができるチャンスですもの。「経験」には「失敗」が必要だと思うのです。
 
 私って「スパルタママ」なのかしら?(笑)
 6月2日、池田市の「インスタントラーメン発明記念館」に行ってきました。

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ここは日清食品の「チキンラーメン」と「カップヌードル」を主な展示とする記念館。自分だけのオリジナルカップヌードルを作ったり、予約が必要ですが「チキンラーメン」を麺をこねるところから作れる体験工房があったりと、なかなか楽しいところです。今年は町内の子供会役員で、今回はそのイベントの下見です。町内と言っても私の住んでいる地域はちょっとした村ほどの規模があり、そこに住まう小学生だけでも100人を優に超える人数。きちんとした計画の下行動しなければなりません。
 普段の移動はほとんど車ですから、ここ宇治市から池田市まで4本の電車を乗り継ぐのも何年ぶり(?)。なにしろ方向音痴の私ですから他の役員の方々とはぐれないよう、迷惑をかけないよう気をつけました(笑)。
 私自身は認めていないのですが、どうも私は「雨女」らしくこの日の天気が気がかりでしたが、全員の予想に反して(?)お天気は快晴。とりあえず一安心です。

 写真は「マイカップヌードル」を作っているところ。

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カップに好きな絵を描いてスープや具を選び、シュリンク包装をしてもらいます。この日は都合で行けなかった二女のお土産を兼ねて、童心に返って「お絵かき」です。カップヌードルは1971年の9月18日にできたそうです。当時の私は小学校1年生ですね…

 初めてカップヌードルを食べた日のことを今でも覚えています。父がお土産に家族に買ってきてくれました。大人も子供も今までに見たことも無いラーメン、お湯を沸かして「きっちり3分間」待ってドキドキしながらふたをはがして(笑)。当時カップヌードルには必ず透明のプラスチックのフォークが付いていて、つるつるすべって非常に食べにくいのですが、なぜか「そのフォークでしか食べてはいけない」ように思っていましたね。おやつというには大袈裟すぎて、食事というには違和感がありすぎて「不思議な食べ物だなぁ」と思っていましたね。このころは新しい食生活の提案がたくさんあった時代だったのでしょうね。カップ麺ができたり、マクドナルドやミスタードーナツのお店が近くにでき始めたり…今の子供たちには、あって当たり前のハンバーガーもフライドポテトもおそるおそる食べたものです。 

 個人が「美味しい」と思う食べ物のほとんどは、12歳までに食べた味の記憶が大きく影響するそうです。もちろん、大人になってから嫌いな食べ物が食べられるようになったりというようなことはありますが、子どもの頃に好んで食べた味というのは大人になってもずっと好まれるとのことです。
 それを思うと、子供たちにとって、私たちが作っている毎日の食事がいかに大切かということがわかりますね。外でする食事は別にして、私の夫もいわゆる普通のおばんざいのようなものを好みますし、「おうちごはん」が落ち着くようです。たまにはラクをしようと買ってきたお惣菜は味付けが濃いせいか「甘い・・・」と言ってあまり手をつけません。

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 今は「スローライフ・スローフード」の暮らしを実践されている方も多いと思います。それらとは正反対のインスタントラーメンやハンバーガー・・・
レジャーとして楽しむ分にはそんなに目くじら立てる必要もないと思いますが、毎度の食事は「普通」のものがおいしいですね。私はご飯が大好き。煮物や焼き物中心の和食というのは、実は思ったほど手間はかからないものです。今もあまり太らない体質なのは、きっと母の料理のおかげかもしれません。
私の娘たちが大人になったとき、たくさんの食べ物の美味しさを知っていて欲しいと思った1日でした。
 4月28日、中学の同窓会に行ってきました。昨年の今頃先生と再会し、「2007年のゴールデンウイークに同窓会をしよう」と思い立ち、やっと実現することができました。今回は幹事を買って出た(?)私。「誰か同窓会してくれないかなぁ」なんて思ってるだけじゃなく「自分で動けばいいんだわ♪」と声かけをしたところ、懐かしい友達と再会し、同窓会の打合せを兼ねた食事会で大笑いしたりと、昨日だけじゃなくて準備段階でも本当に楽しいものでした。

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 私たちのクラスは39名、1/3来てくれたら大成功と考えていましたが、19名もが出席できることとなり、本当に嬉しく思いました。というのも個人情報に敏感な今日この頃、27年前の卒業アルバムと友人の人脈だけが頼りです。有り難いことに「○○さん連絡つくよ」「△△さんに聞いてみる」などなど積極的に協力してくださった皆さんのおかげでこんなにもたくさんのクラスメイトと会えることになりました。

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 先生にはたくさんの教え子がいらっしゃるはずですが、私たちひとりひとりの名前はもちろん、個性や性格、エピソードなどいろんなことを覚えておられて本当に驚かされました。中には「早く忘れて!」なんて笑い話までありましたね(笑)。また、先生はビデオカメラ持参でニコニコしながら私たちを撮影。私たち生徒は誰もビデオカメラなんて持ってきていません(笑)。そういえば中学の頃もカメラ片手に私たちの写真をたくさん撮影してくださっていたのを思い出しました。私たちもみんな42歳を超えているのですが先生にとってはまだまだ子どもなのでしょうね(笑)
 当日は27年ぶりなんて事を感じないくらい楽しいひとときを過ごすことができました。そして口々に「本当に楽しかった、ありがとう」と言ってくださったのが何より嬉しく、忙しい中参加してくださった皆様と、今回の準備に多大なご協力をいただいた「もっちゃん」はじめ発起人の皆様に心からお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。また会いましょうね!


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   (関連記事 2006年10/15 友人との再会
           2006年 5/1   先生との再会


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